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原作者・森高夕次さん 「グラゼニ的」社会人野球 出てこい「森友哉」 「目立つ」プレー期待

 講談社の漫画雑誌「モーニング」で連載中の人気野球漫画「グラゼニ」の原作者・森高夕次さん(52)は、漫画家「コージィ城倉(じょうくら)」としても多くの作品を執筆し、第一線で活躍を続けている。18日に開幕する「第86回都市対抗野球大会」(毎日新聞社、日本野球連盟主催)を前に、プロだけでなく高校、大学などさまざまなジャンルの野球漫画を描いてきた森高さんに、グラゼニと社会人野球について聞いた。【聞き手・大村健一/デジタル報道センター】

 ――グラゼニの主人公・凡田夏之介は試合中のブルペンで対戦相手のプロフィルや詳しいデータが載っている「選手名鑑」を手放さず、しかも相手選手の年俸金額で自分との力の差を想定するという、かなり変わった選手です。これまでの野球漫画になかったユニークなキャラクターですが、この作品を着想したきっかけを教えてください。

 森高さん グラゼニの名の通り、「お金」を通じて、選手だけでなく監督、コーチや舞台裏で働いているスタッフも描いてみたいと思ったんです。夏之介というキャラクターには、自分が投影されているかもしれません。プロ野球選手も漫画家、漫画原作者も自営業者で、実力や人気がなくなったら終わり。その辺りは境遇が似ていると思います。 僕も選手名鑑を読むのが好きで、仕事をするデスクのすぐそばに置いています。何年も前から名鑑をそろえているので、一人の選手をずっと追いかけていくことができて楽しい。忙しいときでも、つい手に取って「5年前の年俸はいくらだったのか?」とか、「昔はだいたい同じ金額だった選手たちの年俸が、この数年でどのくらい差が開いたのか?」とか、無責任に他人の人生について想像を巡らせてしまいますね。

 ◇「野球おやじ」の目線で取材

 ――選手の会話などはとてもリアリティーがありますね。どのように取材をしているのでしょうか?

 森高さん どうしても聞きたいことがあれば関係者に取材することもありますが、ファンとして球場のスタンドから観戦し、そこから空気を感じ取るのが一番の取材ですね。あとは本や新聞を読んだり、ラジオやテレビを見聞きして、「ああでもあない、こうでもない」と考えながら想像力で作っていきます。基本的に「野球おやじ」の目線ですね。ときどきプロ野球選手にも「すごく会話がリアルですね」と言われることがあって、そんなときは「お、当たったな」と思います。

 ――野球少年だったということですが、そもそも野球に興味を持ったきっかけは?

 森高さん 「巨人の星」からですね。漫画は現実とかけ離れている部分も多いので、実際には漫画を読んで野球部に入る人は少ないと思っていたのですが、プロ野球選手も「『ドカベン』がきっかけ」とか、「『キャプテン』を読んだので」という選手が結構いますね。サッカーでも「『キャプテン翼』がきっかけ」というプロ選手も多いようですから、漫画の力って大きいと思います。僕たちよりも少し上の世代だと、漫画よりも長嶋茂雄さんや王貞治さんの影響が大きいのではないでしょうか。

 ――今回は都市対抗野球大会とグラゼニのコラボレーションということで、社会人野球についてうかがいます。まず、社会人野球にどのようなイメージを抱いていますか?

 森高さん 連載している漫画のために東大の野球部を取材に出かけたとき、都市対抗で勝ち残っていたチームが東大の球場で練習していたんです。それを見たのが社会人選手を見た唯一の機会でしたね。「レベルが高いな」と思いました。あとは、TBS系列で日曜朝に放送している「サンデーモーニング」で張本勲さん(野球評論家)が「都市対抗はすばらしい」「スタンドで応援団が互いにエールを送り合うシーンに感動した」と話しているのを通じて都市対抗について知った感じですね。

 社会人野球出身のプロ野球選手では今、(三菱重工名古屋出身のルーキー)高木勇人投手(巨人)が話題になっていますよね。今年で26歳ということですが、これまでドラフトに引っかからなかったことが不思議なくらいの活躍です。社会人時代に伸びたんでしょうね。

 ――原作者としてグラゼニを手がけ、漫画家「コージィ城倉」としては東京六大学リーグの東大野球部を舞台にした「ロクダイ」や、高校野球に関する作品も数多く描いています。でも、社会人野球に関する作品はありません。もし社会人野球を舞台に作品を描くとしたら、どうしますか?

 森高さん 編集者との雑談の中で「社会人野球も題材として面白いんじゃないの?」って話をしたことはありますね。たとえば、高校を出て、大学に行くつもりはないけれど、プロからの誘いもないというような「微妙なライン」の選手を描くというのは「グラゼニ的」かもしれません。

 漫画に限らず、エンターテインメント全般に言えることだと思うのですが、王道は出尽くしてしまっているので、「ニッチ(隙間)」な世界で勝負している作品が多くなっています。グラゼニもかなり「ニッチ」です。とはいえ、社会人野球の世界をまだ詳しく知らないので、今すぐに描くのはなかなか難しいかもしれませんが……。

 ◇注目選手は元中日の「ブーちゃん」

 ――今、注目している社会人の選手はいますか。

 森高さん 昨年11月にプロ野球の12球団合同トライアウトを見たのですが、そのときに中日を自由契約になった中田亮二選手がいい当たりを打っていました。中日で「ブーちゃん」と呼ばれて親しまれていたので印象に残っていますね。今年から社会人野球のチームに入ったんですよね?

 ――名古屋市(JR東海)の選手になりました。都市対抗の出場権も獲得しましたよ。

 森高さん どんな活躍をするのか見てみたいですね。あと、社会人野球の選手たちが引退してからどのような人生を歩んでいくのかという裏側の部分にも興味があります。

 ――都市対抗では選手たちにどのようなプレーを期待しますか?

 森高さん 社会人野球を幅広く知ってもらえるようなアピールをしてほしいですね。たとえばプロ野球の森友哉選手(西武)は小柄だけど、フルスイングして本塁打を打っている。森選手も目立とうとしてやっているわけじゃないでしょうけど、社会人野球もそろえばもっと注目されることにつながるはず。(打率などの)数字は上がらなくなってしまうかもしれませんが、将来的にプロで大成することも目指すなら、自分のスタイルを作ることも一つのやり方だと思います。

 ――グラゼニは「東京ドーム編」が始まり、夏之介の人生もめまぐるしい展開で目が離せません。「グラゼニ」の今後について考えていることを、可能な範囲で教えてください。

 森高さん 今、読者の皆さんにインターネット上で「グラゼニは夏之介が肩や肘のけがで現役を引退して、うどん屋を開くシリーズが始まるんじゃないか?」とうわさされているんです。それはもちろん冗談半分でしょうけど。原作者としても、もっと選手の人生を描きたいという思いはあります。

 巨人の星の星飛雄馬のプロ野球人生はたった4年、「あしたのジョー」の矢吹丈も若くしてリングで真っ白になりました。昔は、すべてを出して燃え尽きる「美学」のようなものがあったのかもしれません。でも、グラゼニの場合は選手生活が終わった後も、一つの人生として物語を作っていくことができるのではないか、と思っています。

 同じくモーニングで連載中の「島耕作」はそれをやっていますけど、スポーツ漫画では前例がないと思います。将来、コーチ編があるかもしれないし、解説者編、タレント編かもしれません。ひょっとしたら、社会人野球の指導者になっているかもしれませんよ。

もりたか・ゆうじ 1963年、長野県出身。中学、高校では野球部に所属し、捕手だった。89年にデビュー。原作者として2013年度に講談社漫画賞を受賞したグラゼニをはじめ、元巨人投手の江川卓と西本聖の野球人生を描いた「江川と西本」などを手がけている。漫画家「コージィ城倉」として「ロクダイ」「おれはキャプテン」など野球漫画を中心にスポ根からラブコメディーまで幅広い作品を執筆している。